253.過去の呪縛 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

253.過去の呪縛

カラオケを出て、夜の街を車で走っている。
外の風景が見慣れないことに私はホッとする。
いつ、帰されてしまうのだろうかという不安、知らない街がかき消してくれる。


「お前、聞きたいことあったんじゃないの?」
「あぁ…えっと…」
「顔合わせてると言い難いことやったか?」
「うんと…繰り返しになるけど、やっぱり何処まで許されるのかが解らない」
「あぁ~、俺が悪かったよな」
「悪いことだったの?」
「いや、そうじゃないよ」
「ゆうじはいつから恋愛だと思ってたの?」
「今思えば始めからなのかな」
「じゃぁ…戻る場所なんてないじゃん」
「う~ん」
「ゆうじは、泣いてるウチを抱きしめてくれたし、一晩中だって側にいてくれた。それは好きって言われる前も後も変らなかった。違ったのはセックスをしたこと。違う?」
「そうだな」
「ゆうじが優しく抱きしめてくれたのは好きだから?それともウチだから?」
「……」
「ゆうじが他の友達が泣いているのを見て抱きしめてるところなんて見たことない。何でウチには優しくしてくれたの?何で足の遅い私の手を引こうと思ったの?何で…今日は私に触れないの?何で映画の時、私に触れたの?」
「そんなに悩むようなことなら、これから気をつけるようにするよ」
「それは、やらないようにするってこと?」
「そうだよ!」
「何で態度が変るの?思うようにしてたらダメなの?」
「友達同士で手を繋いで変じゃないか?」
「変だと思うけど、ずっとそうしてきてくれたゆうじがいるから…」
「だからしないって言ってるだろ」
「何で我慢しなきゃいけないの?友達だって手を繋ぎたいと思ったら繋ぐ、それはもしかしたら好きかもしれない前兆かもしれないけれど、繋ぎたくなくなったら繋がなくなればいいんじゃないの?」
「何でもかんでも思ったまま動いてられないだろ?」
「だったら…」
「俺が悪かったよ」
「そんな風に言われたら…」
「そうだな…今、泣きそうなお前を見て抱きしめてやりたいと思う。そう思うなら抱きしめてやればいいと思うかもしれないけれど、俺の中ではやっちゃいけないって思いもあるんだよ。それは俺の下心かもしれないし、好きな人を思えばこそなのかもしれないし、何がそう思わせるのかは解らないけれど、今、俺が取る言動も俺の思ったままなんだよ」
「ウチ、ゆうじに触れたいって思うことがある。ゆうじの胸で初めて泣いた時、辛い胸の痛みが吹っ飛んでくのを感じた。ゆうじの手で癒されたいと思うの。でも嫌がるだろうなって思ったら耐えようって思う。そしたらもっともっと辛くなって、どうしていいのか解らなくなる」
「お前はお前が思うようにすればいい」
「嫌われたくない」
「だったら、友達以上のことはしない。俺も嫌われたくないって思ってる。寧ろ大きい」
「友達…って何?」
「何だろうな…」
「友達なんていなかった」
「あいつがいるだろう?」
「あの子とゆうじは違う」
「お前は俺をどうしたいの?」
「どう…?ゆうじはゆうじでいて欲しい」
「俺は俺だよ。今の俺が嫌なら仕方ないんじゃないか?」
「ゆうじは思うようにやってる…」
「そう」
「ウチは我慢しなきゃいけない…」
「そう思うなら、もう会わないよ」
「そう言われると思った」
「我慢しなくなるようになって欲しい。最低な男か?」
「…うぅん。それが強さなんだね。ウチはどうしたら…」
「……」
「自然にそう思わなくなるのかな…。あの頃からどんな風に心変わりしていったの?ウチはどう切り替えればいい?」
「これとは言えないよ」

「友達…なんて何処にも見つからない」

「お前は過去にとらわれ過ぎだ」

「……」

「人は変る…」
「変ってく…そう、ウチは今でもどんどんゆうじを好きになってく…いつまで続いていくの…?」
「……」
「心は何処で終わる?」
「……」
「ホントに、ホントに初めてこんなに人を好きになったの。この気持ち消えて欲しくないの。ずっとこのままで居たい…うち、ゆうじのこと…もう好きじゃないよ」
「そっか」
「全然好きじゃない」
「そか」
「全然普通。友達…だよ。ちょっと変なだけ。そう…変なだけ。何が変?何をして欲しくない?」
「……不必要なメールは送らないで欲しい」
「そか…」
それが全てだよね。
私には全てが必要だった。
彼に対して不必要なものなんて何もなかった。
全てを否定された気分だった。


「俺さ、仕事辞めようと思ってたんだけど、今の仕事でずっとやっていこうと思ってる」
しばらくの無言を彼が切り裂いた。
「そっか」
「安定しないし、生活は不規則だし、だけどそれだけに遣り甲斐はある。やったらやっただけ返ってくる。何処までやれるかは解らないけれど、やってみようと思うんだ」
「うん」
「将来結婚した時、十分な幸せを与えてやれる環境は作れないかもしれないけれど、中途半端で終わるような事はしたくない」
「うん」
「一生愛せる人と一緒になって…もう誰も苦しめたくはない」
「そうだね」
「お前には本当に辛い思いをさせてしまった」
「うぅん」
「俺は憎む資格なんてないのかもしれない…」
「…お父さん?」
「お前、母親のこと憎んでないのか?」
「別に…」
「親の勝手でどれだけ俺たちの人生が左右された?!」
「ウチは、最善の結果だと思ってるよ」
「お前が母親役をやってきた時間は取り戻せない」
「皆、今やれることをやりたいようにやってる。誰も文句なんて言ってない。これで成り立ってる。今までそれが理由で振られたこともあった。仕事だって満足にできない。だけど、それはそれでよかったと思う。パパだって周りが止めても自分の意思で母親を養ってるの。誰も苦労だなんて思わないし、好きでやってるんだよ。ゆうじのお母さんだって、自分の意思で別れて自分の意思で必死に働いてきたんじゃん。苦労なんかじゃない、ゆうじが好きだからに決まってるでしょ。ゆうじのお母さんの苦労は父親の所為じゃない。ゆうじを育てる為じゃん」
「苦労じゃない…か…」
「ウチが苦しんでるのは、ゆうじの所為じゃない。ウチがゆうじを好きだからだもん」
「……」
「解る?ウチが辛いのは、母親が家を出た事じゃない、ウチがママを好きで帰ってきて欲しいって思ってるから。家族が好きだからあったかいご飯を作ってあげようって思ってるだけ。なんで、一緒にいるかなんて簡単じゃん。幸せだからに決まってるでしょ!」
「そうだな…」
「ゆうじは結局誰も愛してなんかいないんだよ…」
「そうかもしれないな」
「嫌ならやめちゃえばいい。親を将来養わなきゃいけないとか思うなら止めといた方がいい。だんだんボケていってさ、自分の事なんて忘れていっちゃうんだよ。自分の好きな人だってそう、いつ愛したことを忘れてしまうかも解らない。それでも、一緒にいるんだよ。名前さえ呼んではもらえないかもしれない。それでも幸せなんだよ」
「そうだな…」
「親を憎むのは勝手、私を巻き込まないで」
自分の意思を押し付ける形になってしまった。
彼の父親のことに口出しするつもりはなかったのに、気づけば言葉をぶつけてた。
これは私が何年も積み重ねた想いだ。
彼には今投げた言葉を飲み込んで欲しくはなかった。
彼の手で彼の心で、父親を受け止めて欲しい。
今すぐ強くなれなんて言いたくはない。
土台のない強さなんてもろく直ぐに崩れてしまうから。
「もう少し、お母さんと話す機会ができればいいのにね」
「そうだな…」
涙が出そうなのは、私の土台もまた強くはなりきれずもろいものなのだ。
「お前さ、死のうと思ったことある?あるよな…」
「ふふ…。何?」
「俺、この数ヶ月お前のことを考えて、お前の気持ちを全てわかる分けじゃないけれど、お前の解るだけの痛みを感じて、それでも俺はお前を捨てる形になって…自殺しようと思った…」
「そか…生きててくれて良かった」
「お前さ…」
「怖かったでしょ?何も考えず楽に生きてればいいんだよ」
「俺、お前に…」
「ウチね、死ぬの怖いから、車にはねられようが命ある限り生きてやる~って思ってるんだ。だから、どんな事があってもウチは生きてるし、大切なものを守ってく。ゆうじが一人ぼっちになっても、ウチが守ってあげるよ」
「俺…」
「辛かったね、ゆうじ」
彼の顔を見ないようにした。
もう抱きしめてあげられないから…見ていないフリをした。
彼がどんな顔をしていたかなんて私は知らない。


「俺、仕事残してきてて、今日中にやらなきゃいけない仕事があるんだ。帰らなきゃいけなくて…そろそろ送ってくよ」
「うん」
彼は、辺りを見回し、帰り道を確認しているようだ。
徐々に見慣れた景色が目につく。
ずっと無言だった。


私の家の前に車が止まる。
彼は車のエンジンを切り、少し右よりに座りなおしドアにもたれ、私の方を向く。
「今日、ありがとな」
「うん」
「楽しかったよ」
「うん」
「また、遊びにいこうな」
「うん」
「今度はCD持ってくるから」
「ゆうじ」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
ずっと引き出しにしまっていた、プレゼントを渡す。
「え?!」
「……」
「あ…!ごめん…バレンタインからずっとだったもんな…。本当にごめん」
バレンタインって言葉は涙のスイッチに変る。
泣きそうだった。
「開けていい?」
「うん」
「なんだろ…これ…」
「あなたの嫌いな緑と幾何学模様の贈り物」
「あはは、だからあん時あんなこと…。あれはポスターの話やし…ってこれ何?」
「オイルスコープだよ」
「おぅ!綺麗」
彼は車のライトをつけ、オイルスコープを覗く。
「嘘ばっかり!」
「ほんと、ほんと、綺麗だよ」
「あっそ」
「俺、万華鏡なんて初めて貰ったわ。何でまた?」
「2月、忙しかったでしょ。疲れてたし、癒せたらいいなって思ってた」
「それで緑?!」
「そ~う!ごめんなさいね、運気下げちゃって」
「冗談だって、部屋には沢山植物もあるし、緑は癒されるよ」
「気ぃつかわなくったっていいよ!」
「ほんとだって」
「捨てるならウチが見つけ出さないところでやって」
「大切にする」
「あっそ…」
「ありがとな!…あ、手紙入ってんじゃん」
「え?」
「これ、手紙じゃないの?」
「あ、え、あ、そ、それはダメ!返して」
「いいじゃん。入れてたの忘れてたんか?頂戴よ」
彼は2月に書いた私の手紙を開けて読もうとしている。
「ダメ!返して!もうあなたには必要ないでしょ」
「解った解った、見ないから頂戴。何年か経ってから見る」
私が奪い返そうとする手紙を、彼は阻止する。
子供からおもちゃを取り上げたように。
「ほんとに…本当に、ごめんなさい…」
「何が書いて…」
「解るでしょ…何が書いてあるのかくらい…」
「……」
「私が処分するの…あなたは一度その言葉を受け取ることを拒否した…」
「そんなつもりは…」
「もう二度と届けるつもりはないです」
今日は泣かないつもりだった…。
「お、おぃ…」
手紙を彼の手から奪いとり、私は車を降りた。
「ちょと待てよ」
彼に腕をつかまれ、引き止められる。
「何か…言えよ」
「バイバイ…」
笑顔を作ってそう言った。
彼の手が私の腕を伝い落ちる。
車のドアを閉める。
バンッ。
弾けとんだ…涙がどっと溢れ出る。
彼を振り返ることなく、私は家に帰った。



ゆうじへ


お誕生日おめでとう。
会えない日が続いてるけれど、次に会える日を思えばとても毎日が楽しいです。
だって、ずっと一緒だもんね。
ゆうじと出会ってから、今日の日を好きになりました。
何度も迎えた今日の日だけど、あなたに愛されて迎える今日の日を嬉しく思います。
仕事が忙しいのに、わがままばかり言ってごめんね。
3月はいっぱいデートしようね。
仕事忙しいだろうけど、すごく離れているけれど、心だけはずっとずっと側にいてね。
バレンタインに言われたこと、忘れずにいるからね。
泣かないから。
信じて待ってる。
来年は一緒にお祝いしようね。


せのりより



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