257.本音の嘘 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

257.本音の嘘

親友とも連絡を取らずに、ほぼ塞ぎ込んでいる状態の日々が続いた。
今思えば、親友がいたからこそ外に向いていた気持ちかもしれない。
唯一、私が出向く場所と言えば、週に1度の英会話。
店員とのやり取りさえもビクビクと怯えを隠せず、買い物をすることもなく私は家と英会話教室の往復を繰り返していた。


そんなある日の英会話の授業。
いつものように講師と会話を重ねる授業というよりおしゃべり。
英語だと不思議に話せた。
楽しかった。
なのに、一瞬にしてそれを講師が裂く。
「もっと早く話せませんか?」
講師が私のとろい話し方にダメ出しをする。
「元々、日本語でもとろいんです…」
「あと、もう少しスピードアップで上手くなれます」
何だかズキズキと胸をさす。
よく分らない胸の痛み。
「それともう一つ。あなた、感情ないです。人形みたいです」


この日から、私は一度も英会話には行かなかった。
そして、完全な引きこもり生活が始まる。


どのくらい経っただろうか。
6月ももう終わろりかけている。
経つ日を数えることもせず過ごした私に6月の終わりを知らせたのは、突然鳴り出した携帯。
親友からだった。


「どう?」
「最低かも」
「そっか…」
「そっちは?」
「似たようなもんかな」
言葉少なく、間を繋ぐ。
「また浮気?」
「え?!」
「どうせ、女遊びやろ!」
「ま、まぁね…」
私たちの恋愛話に浮気は避けられない。
物心ついた私たちの恋愛に浮気がなかった事はない。
「よ~飽きもせずにやるわ」
「飽きるからやるんじゃない」
「暇つぶしなら、それはそれでいいんじゃない?」
「ホンマに、それならいいやと思える事が怖いわ」
「で、ご本人は今どちらに?」
「さぁ?女のところじゃないのー」
「えらい今日は冷静やな」
「もうえぇわと思って…」
「それは、別れの決意?!」
「怒ったら何て言いよったと思う?」
「逆切れか!」
「『俺は彼女にした覚えはない』やって」
「あはは、言いそう!子供みたい」
「せのり、今どんな気分?」
「…それでもしがみ付いて居たいかな、今は」
「そっか…うち、別れたら泣くかな?」
「悲しくないん?」
「何か今なら楽に別れられるような気がしてる」
「麻痺してるだけなんじゃないの?」
「あぁー、殺したい」
「また物騒なこと言い出したよ!この子」
「あかん、殺したら犯罪やから消えろ!」
「それ、一番えぇよな」
「そう、目の前から消えてくれたら仕方ない思える」
「てか、記憶から消えてくれたら幸せやな~」
「恋愛したことも存在すらも抹消できたらな」
「てか、相手の女からも記憶消したいな」
心無く、言葉だけが飛び交っていた。
消えろ…その言葉だけが妙に重くのしかかって。
「お願いやから消えてくれ!」
怒りという感情を乗せることで晴れる心もあるかもしれない。
「女がおるのに、別の女と会うとか意味わからん」
「女おるんやから、別の女を好きになるとか意味わからん」
「てか、話すくらいどってことないけど、好きになるほど話し込むなっちゅ~ねん!」
「そんな時間あるねんたら、もっと会えよ」
「何で放ったらかしやねん」
「てか、ホンマ消えてくれ!」
「ウチらの何があかんっていうん?」
「な~んもしてないで」
「何が足らん?」
「ぶっちゃけ、ウチらモテるやん!」
「何で選んだ男はあんなんなん!」
「消えろ!頼むから消えてくれ」
「繰り返し繰り返し繰り返し」
「今度こそって…何度思った?!」
「どうせ、不っっっ細工な女なんやろうな!」
「振られろ!今すぐ振られろ」
「ほんで、戻ってきたらえぇねん」
「ウチらみたいなえぇ女おらんで!」
「ほんま、意味わからん」
「振られる理由がわからん」
「愛が冷めた…」
「何それっ!何それっ!知ってる?」
「さぁ?冷めるって何?!」
「冷めたことなんて一度だってないよ」
「しゃ~なしに諦めて、やっとでつかむ恋がこれ?!」
「あれ?もしかして始めから愛されてない?」
「ありえる」
「愛された~い」
「てか、ホンマ消えろ!」
「記憶のソコから消えろ」
「…もうどうでもいいや」
「所詮!所詮!」

「あいつらパセリや」
「これからパセリ見るような目でみたろ」
「パセリって呼ぼう!」
「そろそろ寝るか!」
時に、本音が嘘であることもある。


「せのり、結構元気っぽいな」
「元気になった、が正しいかな」
「まだ、連絡まってるん?」
「うん、一生消えることはないからね」
「そやね、目の前に在るものやからね」
「確かなものやから、今はさ」
「連絡あったらどうするん?」
「嘘のない本音を話したい」
「私が聞いてやれたら、せのりも次の恋ができるんかな?」
「何となく、話したいとは思ってるけど自分の問題のような気もする」
「そろそろ出て来れそう?」
「ノリでね…」
「そうノリで」
「イェ~イってノリが出せたら引き止めるものもなかったのかも」
「深い付き合いなら出んくても分るよ」
「そう?」
「ウチを誰やと思ってんのさ」
「考えとく」


言葉を並べ、感情を乗せる。
私たちの言葉は、本音のような嘘だった。
もしかしたら、嘘のような本音だったかもしれない。


「ウチ、今何考えてると思う?」
「考えてるようで何も考えてない」
「…正解」


何で分ったのかなんてことは聞かなかった。
私は感情なんて伝えられない人間なんだ、と考えていたところだから。
もう伝えることにも疲れた。
言わなきゃ伝わらない。
言っても伝わらない。
だったら、嘘で演じよう…。
少なくないでしょ、世の中そんな人間ばかりだから。



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