259.楽な生き方 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

259.楽な生き方

<元気になって。ゆうじは素敵な人だと思うから。ウチには伝える術がわからない。あなたの良い所を感じ取ったとしても、あなたに伝えることができない。何も言ってあげられなくてごめんなさい>
映画を見たあと、彼に家まで送ってもらって部屋から彼にメールを打つ。
<別に俺は何も悩んではいないよ>
彼からのメール、会話は当然食い違う。
彼と会っていた数時間、一度だって交わされなかった会話を私が突然始めたのだから。
だけど、きっと彼にはわかっていたと思う、私がどんな話を始めたのか。
<何も言えないのだから聞いてどうなるってわけでもないけれど、ウチは聞いてあげたいと思う>
<何の話だ?>
<ゆうじがウチに会いに来た理由です>
<あぁ、そのことならもう大丈夫だよ>
<何故、言わないの?>
<お前には弱音は吐かないと決めた>
<じゃぁ、ウチはあなたのカッコいい部分だけを見ていたらいいのね>
<そういう意味じゃない。お前には甘えたくない>
<じゃ、何で会いに来たの?見えちゃうのに…>
<ごめん、会ってから気づいた。もう心配はかけない>
<干渉しない方がいいのかな…>
<あぁ、そうしてくれ。お前も何も言わなかっただろ、お前は強くなったと思うよ>
<それが強くなるってことなのね>
<俺たちは強くならなきゃいけない>
<わかった>
私が主導権を握った会話は彼の一貫した意思とともに流れてゆく。
彼が離れてゆく。


調度タイミングよくとでも言うのだろうか、握っていた携帯に親友から電話が掛かってくる。
「食事でもいかが?」
「えぇよ」
「え!?」
「自分で誘っといて何そのリアクション」
「いや、OKでるとは思わんかったし」
「もう化粧も済ませてるし直ぐ出れるで」
「あ、そうなん?じゃ、直ぐ迎えにいくわ~」
「何も言わないことが強さなんかな?」
「へ?」
「こうやってさ、何でもないフリしてたら元気に見えるよね」
「ん?」
「でもさ、元気じゃないって分ったらさ…」
「何の話?」
「やっぱり、人は言わなきゃわからんよね」
「そりゃ~ね~。分っても聞かないほうがいい時もあるし」
「そうか…」
「何となく今ので気づいたけど、今あんたに聞いたら食事キャンセルされそうやしね」
「あはは、ありうる!」
「やろ~!だから、拉致してから聞くわ」


そのあと5分ほどして車で迎えに来た親友とダイニングレストランへ向かった。
何の乾杯かはさて置き、強くグラスを叩きつけ過ぎてテーブル中が烏龍茶でベチャベチャになったことに笑い合う。
「でさ、さっきの話って?」
「ん?そうやな…例えば…」
「例えば?」
「付き合ってる男が毎度毎度浮気し放題で、でも何故かそれを許してしまう。許してしまう自分が悪いのだけど、それを指摘されたら困る。今は、慰めあえる相手が欲しい。出来れば今後に繋がる何かが見つかれば尚良い。だけど、それを言ってしまったら自分が惨めに思えてしまう。できればそれを隠しつつ、相手から盗み取れればいいし、それで元気になれればそれでいい。相手に気づかれず、それを遂行させよう」
「…へ?何の例えよ」
「人間の腹黒さ?!」
「妙に分りやすい例え…私のこと?それって」
「今回の誘いのテーマをウチなりに分析してみましたがいかがですか?」
「御名答!」
「でも、何も言わなかったし、逆にウチの話を聞くなんて裏テーマを提示してきた」
「ま、口実ってやつですか」
「逆にウチが誘いを受けた理由ってのは分る?」
「う~ん、その例えからすると、タイミングよかっただけじゃない。私と同じってことね」
「まぁね、もっと腹黒いけど」
「正直、あんたが何考えてるか全然わからんわ」
「うん…ウチはズルイからね」
「ま、あんたの内なる心を聞いてもウチには何の答えも出せへんからアレやけど」
「どうなんやろうな…出したことないけど」
「ちょっと出してみ」
「出してないって言うより、小出しにして出してないフリをしてるんかな」
「出てんのかよ?!」
「この数分にちょいちょい出てるけどね」
「今かよ?!あはは」
「それがさ、お互い何も言わなくても分ったとしたらどう?」
「楽でえぇわな!ウチはだからあんたを誘うのかもしれんな」
「でも、分ってるのに何も言わなかったとしたら?」
「自分から言う」
「そんなもんよな…」
「だって、その為にやろ?!ってか、分ってて言わんって意地悪やん」
「意地悪…ね…」
「違うの?」
「ふふっ!何か感づいた?」
「せのりが、誰かにそうしたってことやろ?」
「意地悪…やったんかな?ただ、言いたくなかったし聞きたくなかったけど、言わないのに対して聞きたいと言った」
「で、どうなったん?」
「お前も言わなかっただろって、それが強さだって」
「あぁ、またあいつの話か~」
「お互い助けを求めてたけど、お互い聞きたくない話だった言いたくない話だった。確かに結果論としては甘えになるのだろうけど、それを強さだと言われて何か違うと思った」
「ってか、連絡きたんや!」
「うん、会ってきた」
「だから化粧してたのか!で、もうあいつ帰ったん?」
「そ、突然会いにきて映画見ただけで帰った」
「ま、何かあるとは思うわな、誰でも」
「もう会うことはないかなって思った」
「な、何で?!」
「もう会う理由がなくなったから」
「恋愛が終わった…から?」
「違う…何も相手にしてあげられることがなくなったから」
「……」
「少なくとも人と会うってのは利用したい何かがあると思うのね」
「ま、言葉は悪いけどそうだね」
「勘の鈍い人を相手にするなら自分から話すよね」
「まぁね」
「でも、出来れば何も言わずして解ってくれる人がいい」
「そりゃね」
「ウチはね、解ってくれる人じゃないと何も話せない」
「ほんま、あんたは何も話さんもんな」
「心の中を当てられて仕方なく言わなきゃいけない状況を作りだしてくれなきゃ何も言えない」
「ウチも10年一緒に居てやっとちょびっと解るようになってきたわ」
「意地悪…か…」
「あんたは何を言いたかったん?」
「解らん…」
「何が言いたかったのかをあいつに聞かれたかったわけね」
「うん、本当は解ってるんやろうけどな」
「で、あいつは?」
「ゆうじがウチに聞きたかったことっていうよりは、ウチがまだゆうじの事を好きかどうかを確かめたかったんだと思う」
「はぁ?」
「いや、よりを戻したいっていうんじゃないよ」
「はぁ?ますます解らんわ」
「愛し愛されるってどんなんだったかな~ってね…ウチも同じだったのかな」
「ごめん、理解しがたい」
「いや、本当の所はどうか解らんよ!ウチが思ったことやけど、好きな人がいるのにどうやって愛せばいいのかが解らなかったんじゃないかなって」
「それってさ、あんたらずっと2人でおればえぇんじゃないの?」
「ゆうじはさ、強くなれっていうんだよ」
「強さって何?」
「本来、人は言わなきゃわからないものだってことでしょ」
「解り合えた人と居ることは甘え?」
「うん、ウチはそれが引っかかった。けどゆうじは強くなりたいんやと思う」
「意味がわからん」
「相手が何に対して傷つくのかとか何に対して喜ぶのかとか、言葉を通じて分かり合っていくもんじゃない?」
「うん」
「ウチらにそれはなかった」
「でも、色々話し合ってきたやん」
「ウチはね」
「ん?」
「ウチは、ゆうじのお陰で色々話すことが出来たけど、ゆうじは何も話してはくれなかった…ウチが何も聞かなかった」
「これからなんじゃ…」
「うぅん…聞いたら…いつか終わるし、ゆうじはそれに気づいて終わらせた」
「どういう…?」
「ゆうじは人を愛せない」
「好きな人が出来たってのも嘘?」
「それは違うと思う。だけど、どうしたらいいのか解らない」
「あいつはせのりのことが好きやと思ってた…」
「だったら、遠の昔に付き合ってたと思うし、それに、ウチも、ゆうじが好きだったのかどうか…わからない」
「なにそれ!?」
「楽だった…一緒に居て楽で、今までずっと心に溜めてた事吐き出せて心が軽くて、それが嬉しくてっていうのが先。ずっと一緒にいたい、それが好きに変わった。ウチもゆうじに楽になってもらいたかった」
「それでいいんじゃないの?」
「…うん、ウチは強くなんかなりたくない」
「怠けることと楽に生きることは違うでしょ?」
「ゆうじは違う道を選んだんだから、仕方ないよね」
「あんたどうするん?」
「ゆうじ以外の人なら…ウチも強くならんと恋愛できんよね」
「……」
「ウチ、何考えてるか解らんし!」
「……」
「楽しい、悲しい、寂しい、ウチ言えるかな~?」
「言えるよ…昔のせのりとは違うし」
「ウチ、今、辛いかも…」
「気づかんかった…」
「うん、良いリハビリだよ…」
「あいつなら、あんたの気持ち解るんやろうな…なんか悔しい」
「意地悪じゃなくて、優しさなのかな?」
「それは違うわ!あいつのわがままや」
「あはは、そうかもね」
「相手が何を考えてるか解るってどんな風に見えてるん?」
「言葉として解るわけじゃないよ、だから初めて会う人の心なんて読めん」
「例えばどんな感じで?」
「その時その時見えるわけじゃなくて、その人の癖を見る」
「癖?」
「うん、リストがあるわけじゃないから具体的には何も言えんけど、会話の構成の仕方から何が言いたいのかが伝わってくる」
「早い話が感受性よな」
「どうなんやろうね、その辺はよく解らん」
「何で自分の事はわからんのやろうな」
「あはは、自分がもう一人目の前におったらよくわかるのかも」
「鏡の前で話したら?あはは」
「それ、いいかもね」
「本気で言うてる?」
「な、わけないやん!それにウチもうやめたし」
「何を?」
「人の気持ち探るっての」
「結構ズバズバ言い当てられてるけど?!」
「あんたにはそれでいいけど、恋愛するのに必要ないよ」
「う~ん、うらやましいけどな」
「ほんと、ゆうじが何を考えてるのか全然解らなかった、楽しかった」
「なにそれ」
「正確には見えないフリしてただけやけど、何も言われないから甘えた」
「あぁ…」
「どんな想いで言ってるかなんて探ろうともしなかった。ただ好きだと言われることを全て信じてきた」
「それは今から探れるもんなん?」
「どうだろうね!?探りたくないし!」
「なぁ?ふっ切れそうに見えるんやけど、今どうなん?」
「ん?全然!未練タラタラ」
「やんな~!こうやって話してるとあんたって人と違うな~って思うけど、結局考えてる事は同じなんよね」
「うん…素直に言えないだけと思う」
「あいつも多分そうやんな」
「どいつ?」
「あいつら、み~んな!!」
「さぁ?」
「ちょと~~~そこは答えてよ!」
「解らんもん…何考えてるかなんて解らんよ、ウチにも。解ってるんじゃなくて当たるだけなんやって。当たらん人もおって当然で…だから人って怖い」
「解るから…か」
「うん…解るから好きで、だから解らないようにして、だから今すごく怖い」
「恋は盲目とはよ~言うたもんや」

「使い方合ってるんのかしらんけど、全て解ってたら今までこんな恋愛してきてないし」
「ほんまや、あはは」
「愛されてないことには敏感やねん」
「でもさ、人ってそんな直ぐ大切っておもわんやん」
「そう、築き上げて育むもの…やね」
「何であいつとは?」
「愛を知らない人やったからじゃない?そうか…ウチが愛したかったのかも」
「なるほど…」
「ウチ、強くなろうかな…」
「何で?」
「ゆうじに側に居て欲しいから…」
「逆に離れていくんじゃない?」
「そうなったらまた変える」
「そこにせのりの意思がないやん」
「ウチは…ゆうじが好き」
「そっか…」
「男の人また紹介して」
「いやや」
「…自分でみつけるわ」
「無理…せんとき…な」
「ウチに新しい男の人が出来ひんかったらゆうじが居なくなる」
「ホンマにそれって正しいの?あいつに合わせることないやん」
「どうしたら…」
「ウチ、あいつ大嫌いやけど、あいつ以外の男でなせのりをホンマに好きでもせのりは幸せになれへんと思う。あいつやから幸せになれるってわけじゃないよ。今のあいつと一緒いても幸せにはなれんと思うけど、あいつ以外でもなれんと思う」
「最悪やな…」
「ただ…結果じゃなくて、せのりがあいつを好きになれたことは幸せなんやと思う」
「…臭いこと言うな」
「たまにはえぇやろ!」
「でも、頑張らんとあかんのかも…もうゆうじは戻ってこないから」
「ホンマに戻ってこんの?」
「…無理やり他の人と付き合おうなんてせんからまた誘って」
「うん…わかった」


本音を隠しながら本音を語った。
解り合える大切な人と解り合える親友と、人の心を探りながら話す会話は他の誰にも伝わることのない会話だ。
もしかしたら誰も解ってなんかはいないのかもしれない。
自分でも何が言いたかったのか解らなかったから。
何かが引っかかっていて、全てが間違いのような気もしていて…あぁ言ってみたりこぅ言ってみたり。


私が彼を好きでいることが甘えだと言うのなら、甘えた人生を送りたい。
彼が強くなれと言うのなら、強い人生を送りたい。
だから、私は強くなる。
だから、私は彼じゃなく他の誰かを好きにならなくてはいけない。
辛いと思う、逃げ出したいと思う。
だからどうしていいのか解らない。


だけど、答えはとても簡単なのだ。
そこに自分の意思がないことが問題なだけ。


私は強くなる。
その強さは、当たり前のことだから。
誰もがそうやって生きている。
ただ…それが偽りに思えてならない。
だけど、知ってる。
誰もが思い通りに生きてはいないこと。
私は多分、楽をして生き過ぎたのだと思う。

人とは違う心の傷があるからとか、少し自分を特別扱いしすぎたのだと思う。

弱さをみせるから、そこにつけ込まれるのだ。

そう、凛として生きていればそれでいいのだ。



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