彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた -7ページ目

246.混乱の関係

家に帰ると無言の家族が出迎えてくれる。
否、迎え入れるようには見えなかった。
突然、異星人が玄関を開けて入ってきた時のリアクションのようにも見える家族の姿は、少し異様だ。
私は誰とも目を合わせないよう視線を落とし、何も言わずにゆっくりと自部屋に戻った。


しばらくして親友から家の電話に連絡が入る。
彼に電話を受けてもらえなかったことと、私の代弁でもしているつもりなのだろうか、少しの間熱弁したあと、ちゃんと寝るようにと付け加えて電話を切った。
彼女の言葉は殆ど覚えてはいない。


溢れ出る涙に違和感があった。
私は何故泣いているんだろうか。
心は何故かとても冷静だったのだ。
思考はとても客観的で、涙と感情のズレを不思議に思う。
否、別の所で別の何かを考えているようなそんなバラバラな感覚もしないでもない。
彼のことを考えることはなかった。
彼を思い出すこともなかた。
何かを忘れさせようとか私は頭の中で鼻歌を歌っている。
私に感動的なメロディーを奏でられるはずもなく、歌いながら泣く私は少し変だ。


どのくらい時が経っていたのだろうか、少なくとも深夜0時は越えている。
座り込んだ足元に無造作に置いた携帯が鳴る。
彼からだった。
こんな遅い時間に連絡があるとは思わなかった。
必死で涙を拭くも、止まらぬ涙に諦めを感じる。
「もしもし…」
「もしもし…」
無言は当然の如く訪れる。
「ごめん、電話出れなくて。メールでは不十分だと解りつつもメールに書いたことが今出せる俺の気持ちの全てで…」
「もう話すことはない…て?」
「いや、そういうわけじゃない」
「でもあのメールで理解して欲しいわけなんでしょ」
「理解してもらえないならそれでもいいよ…」
「いいんだ…」
「仕方ない」
「仕方ない…か…ウチは十分に理解したいと思って電話した。絶対誤解してるもん」
「どんな風にとったの?」
「私の事嫌いになったんだって」
「違う!」
「そんなこと思ってないよ…でも、それじゃ誤解する」
「じゃぁ、そう言ったほうがよかったか?」
「嘘はつかないで…」
「もう俺はあれ以上言葉を探し出すのは無理だ」
「電話切るの?」
「…切らないよ」
「納得するまで話を聞かせて…」
「あぁ」
どちらも言葉を詰まらせ、無言の時は過ぎてゆく。
ジリジリジリと携帯の機械音だけが鼓膜に響く。
「お前、大丈夫か?」
「何…が?」
「その…」
「大丈夫だと思う?」
「今にも壊れそう…だな…」
「泣くなって言われる筋合いないから」
「何で…泣くの?」
「それ本気で聞いてるの?」
「泣く、行為なんて一時のもんだろう?」
「知らんよ!そんなもん」
「電話繋がってから、お前ずっと泣いてる…」
「止まんないの…意思とは別に涙が溢れる」
「そんな風にしたのは俺だよな…」
「別に責めてなんかない」
「いたずらにお前の心を開いてしまった…」
「……」
「コントロールできないまま…」
「後悔してない。感謝してるよ」
「感情のコントロールができないで、何度発作起こした?」
「数えてないよ、そんなの」
「俺、お前がそうなるの辛い」
「別にゆうじに会ったからこうなったわけじゃない。会う前からこうだった」
「……」
「もう…守ってくれないの?」
「守る…それはどういう意味で?」
「ゆうじがウチにずっと言い続けてた言葉だよ」
「あぁ、今でも変らない」
「どうやって守ろうとしてるの?何を守ろうとしてるの?」
「お前には笑っていて欲しい」
「ウチ、ゆうじと一緒にいれることが幸せ」
「そか…」
「愛してる人…」
「うん…」
「ウチじゃないんだね…」
「あぁ」
「いつから?」
「いつからだろうな…確かなことはメールを打った時に答えを出した」
「悩んでたのは?」
「言わなきゃだめか?」
「嘘ついてた?」
「ついてないよ、お前に言った事は本当だし、でも言葉の意味がお前と俺とでギャップがあるなら嘘になるかもしれない」
「ウチ、愛されてるって思ってたんだ…恋愛として」
「愛してたよ…」
「どんな愛…」
「お前への想いは出会ったときから変らない。いつしかセックスがしたいと思った。恋愛対象として女性としてみてるんだなって思った。彼女のことも勿論好きだったけど、お前に出会って何かが違うと感じ始めて、このまま付き合っていく事は出来ないと思って別れた。お前のことを愛していたし、お前に言った事も本当の気持ちだ。だけど、彼女に出来なかった。本当はお前ともさよならすべきなんじゃないかとも考えた。だけど、お前への熱い想いは捨てきれなかったし、抱きしめたいとずっと思ってた。想いは募るばかりで俺は何も出来なくて連絡を取らないという形になったんだよ。その時くらいからある女性を見ていて一緒になりたいと思いはじめた」
「そして…今日…か」
「あぁ」
「その女の人と何処で出会ったの?」
「何でそんな事聞く?」
「何でそんなに色んな女性を好きになるの?」
「別に合コンに行ってたとかそんなんじゃないよ」
「何処で出会ったの?」
「会社の人だよ」
「ずっと気になってたんだ、毎日会ってたんだね」
「そういうわけじゃ…」
「もっと側にいたかった」
「そうじゃないんだ!」
「解ってる、一番近くにいたって、いつかは惹かれてたんでしょ」
「こんな事言ったらアレだけど、お前と接してきてやっと見つけた愛だったように思う」
「それ…キツイね」
「俺、お前を守ろうと必死になって強くなろうとした。弱い俺はずっと彼女を手放さなかった。色んなことに一生懸命考えたよ。お前にどんなこと聞かれても答えられる意思を持とうってずっと思ってた。今だって必死に言葉捜してる」
「私って疲れる存在だね」
「皮肉でいってるんじゃない」
「ごめん、ウチが皮肉なの」
「こんな事お前に言うべきじゃないよな…」
「ウチ、何で恋人にしてもらえなかったのかな…」
「…何とは言葉でいえない」
「いっつもそう、ずっと待ってるけど求めると捨てられる」
「……」
「何も望まなければ良かったのかな」
「……」
「言う事聞いて、はいって言って……離れたくない、嫌だ」
「せのり、解ってくれ」
「嫌、だって愛してるって言ったもん、ずっと一緒だって言ったもん」
「解ってくれよ」
「嘘つき!バレンタインの時、忘れるなって言うから、ずっと」
「解って欲しい」
「ウチ、ウチ、ゆうじにだって心開くの怖かった。開くたびに心が痛くなって、忘れてたことまで思い出させられて、セックスだってやりたくなかったし、恋愛したら去っていくの解ってて失いたくなくて自分の気持ち打ち明けるのも嫌だった。失うならずっとあのままで…。ゆうじがずっと居てくれるって言うから…変わるウチを好きだって言ってくれるから、素直なウチを褒めてくれるから、コレが最後の痛みならって…」
「お前の意思じゃなかったのか…?」
「もう…頑張れない」
「お前なら出来る」
「セックスした時、泣き叫ぶ女を目の前にして抱きしめてくれる男がいる?それでも入れるだけ入れて次の日には連絡取れなくなった男は沢山いたけどね!信じない…誰も信じない」
「俺はお前を信じてるよ」
「……」
「俺はお前の強さを知ってる。俺に教えてくれた強さがある」
「そんなの知らない」
「俺はお前を捨てたりなんかしないよ」
「うぅん、いつか消えてくんだ…」
「ずっと一緒だ」
「信じない」
「俺はお前を信じてる」
「親だって子供を捨てるんだよ、絶対なんて一つもない」
「俺の父親に愛情があったとは思ってない」
「ウチは…ウチは…」
急に目の前が一瞬真っ白になる。
何度かそれを繰り返し、激しい頭痛に思わず声が漏れる。
「せのり?」
荒立てる息を必死で落ち着かせようとした。
「せのり、落ち着けるか?」
「大丈夫…」
「眠れるか?もう今日は遅くなったから眠った方がいい」
「やだ!切らないで…居なくならないで…このままずっと一緒に居て」
「ごめん、実は俺の方が限界なんだ。もう直ぐ仕事に行く時間で…帰ったら必ず連絡する。約束する。信じられるだろ?だから、落ち着かせてゆっくり眠る、ね」
「絶対?」
「あぁ、俺、お前とさよならするって言ったか?」
「言ってない」
「俺がお前を守るから」
「でも…」
「何?」
「お仕事遅刻しちゃうから、次でいい」
「落ち着いたか?」
「うん…大丈夫」
「でも相変わらずずっと泣いてるんだな…」
「止まんないの…」
「もう6時間くらいになるぞ」
「変だね…」
「俺、仕事行っても大丈夫か?」
「うん、徹夜?」
「そうなるな…」
「ごめんなさい」
「頑張ってくるわ」
「うん」
「また、あとでな」
「うん、またね」
しばらく、無言で繋がっていた電話を彼がそっと切断するのを聞いた。


家の前の道路を走る車の音が聞こえてくる。
朝なんだな…。

家の洗濯機が回り始める。
祖父か祖母が家事を始めたらしい。
日常の音が何故か心に痛い。
今は聞きたくない音、何故だろう。
まだ鼓膜が彼の音を震わせてる気がした。
消さないで欲しい…。


私は布団の上で三角座りをする。
涙が止まらない。

また頭の中で鼻歌を歌う。

どうしていいか解らなかった。



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245.愛する決意

「飲み会あって、女のメンツが足らんのやけど…?」
「やめとく」
「…やんな!まだ連絡こんの?」
「来てないよ~」
「そう…。仲直りしたらあんたらも結婚か~」
「何でそんな風に思うの?」
「そんな風に言ってたから…かな…」
「ふ~ん、ウチにはよく解らん」
「大丈夫!大丈夫!過去の清算ってのは想像以上に時間が掛かるんやって」
「ふ~ん」
「あんたも吹っ切らなあかんもんあるんじゃないの?!」
「そうかもね…」
「とにかく!また誘うから、覚悟しときや」
真っ白な卓上カレンダーをめくる。
そして伏せた。
「ご飯、食べるか?」
「今、いい」
「お前、骨と皮になりつつあるぞ」
「元々…」
「先、食べるぞ」
父が開けっ放しに出て行った部屋の戸をゆっくり閉めた。


6月も1週間が過ぎている。
パソコンを立ち上げ確認する。
あまり思い出せない日々。
今年に入ってからの全てが昨日の事のよう。
それは少し言いすぎた。
愛していると言われた日、連絡が出来ないと言われた日、いずれも何週間も経っているなんて思えない。
アレから何回ご飯を食べて、何回トイレに行って、何回眠ったんだろう。
数えられるようで目一杯。


布団の上で三角座りが日課になった。
瞑想など心得たこともないのに、無心になりたくて試してみる。
荒れる息、震える体を嘘つきだと戒める。


何ヶ月も前から動きのない静寂した部屋の空気が震える。
竦む体。
着メロがなりだす前に、携帯の震えを察知する。
鳴り出す携帯、メールを届けたと告知して、携帯はまた何もなかったかのように止まる。
「い……嫌ーーーーー!や!や!や!ヤダ…はぁはぁ…嫌ーーーー」
「せのり?!せのり!!」


痒い。
足の甲が小さくプクッと腫れ上がる。
爪で×印をつけた。
あぁ…私、外に出たんだな…。
神社の境内から空を見上げ、全てを忘れようとした。
ポケットの中に入っていた煙草と携帯。
歯を食いしばりながら、携帯を石段の上に置く。
そして煙草に火をつけた。


しばらくして携帯がなる。
携帯を操作していた私は思わず着信を受けてしまった。
「もしもし」
「もしもし、あんた今何処におるん?」
「え?!家の近くの神社やけど?」
「家族の人心配してたで!とりあえず家帰り」
「もう少ししたらね…」
「何があったん?」
「ん?」
「連絡…きたん…か?」
「うん」
「何て?」
「何かさ~、妙に心が落ち着いてるんよ…でも、涙が止まんない」
「大丈…夫なん…か?!今から…」
「来んといて!」
「けど…」
「発作繰り返してるとこ、見られたくないんよね」
「あんた…」
「大丈夫やで、これくらい慣れてるから」
「変な気…起こしたら…あかんで…」
「あはは、ゆうじと同じようなこと言うんやね~」
「え?」
「ウチ、そんな自虐するように見えるかな?全然死ぬ気なんてないよ!怖いもん。生きたくて生きたくて仕方なくて、ゆうじに縋ったんやもん。死にたいくらい辛くて橋の上から身を乗り出してみたら生きてる方が楽に思えたヘタレだよ。フラれたくらいじゃ…。ゆうじは、きっと側にいてくれるよ…うん」
「連絡ってメール?」
「そうだよ~」
「一方的に?何も話してないの?何て書いてあったん?」
「そんな一気に言われても」
「メール!何て!!??」
「何で…あんたが怒ってんよ…あはっ」
「メール読んで!」


<ずっと連絡できなくてごめんなさい。彼女と別れてからずっと考えていました。振り返ると沢山の人を傷つけていた。物言わずの数日間、傷つけてばかりだった償いは果たされません。お前と出会い、生きていくことを考えさせられた。強くなりたい、そう願った。そして、好きとか嫌いとか、愛すること、依存、信頼、根本から考えた。成らない俺は、せのりの事沢山傷つけたね。せのりと接してきて、俺はお前を確かに好きになりました。せのりは素晴らしい女性だと思います。純粋で、ひた向きで、頑固だけど、とても思いやりがあって、誰にもないもの沢山持っている女性です。そんなお前が俺には必要だった。だけど、せのりとは一緒になれません。結論としてだけ捉えない欲しい。お前には言葉で表現しきれないものがあった。選んだ言葉に間違いはなくとも、結論としては別の道だった。勝手だと罵ってくれても構わない、せのりはきっと理解してくれると信じています。これから俺は、もっと強くなろうと思う。そして、ちゃんと人を愛してゆこうと思う。今、愛している女性がいます。好きな人が出来たからと単純に捉えないでください。今、どうこうというわけじゃない。俺の決意なんです。せのり、幸せになってください。決して投げやりにはならないでください。ありがとう>


「意味が解んない」
「そうかな~?」
「私にあいつは…」
「ほら、言葉で表現しきれなかったって」
「だとしても、一般的に考えれば相当する事だって誰でも考えるでしょ」
「愛はあったと信じてるよ」
「恋愛じゃなかったって…?」
「そう!それそれ!!」
「愛があったら何でも許されるわけ?!私にしたら一晩で捨てられるのと同等だよ」
「もういいよ…」
「はぁ?あんたが良くったって、私は許さない」
「電話しても無理だよ。出ないもん」
「ありえへん!」
「ずっとさっきからもう何十回と掛けてるよ。怖いでしょ~」
「こ…怖いな…出るに出れん状況になっとるな」
「3回くらいで止めようかと思ったんやけどさ、ムカついて鳴らしまくってやってるの」
「そんな冷静に言われると、余計怖いねんけど」
「いつ出るのかな~」

「それ、少し休憩してもらえるかしら…」
「やってみたくなった?」
「いや、1回試すだけで十分…です」
「ゆうじはさ~、恋愛できないって言っただけだよね~。友達に戻れるよね~」
「…あいつって、あんたが言う程いい奴やったんかな?」
「違うかな~?」
「多分、もうしばらくしたら戻ってくるよ」
「しばらくか~。しばらくって怖いよね~」
「とりあえず何も考えずって言っても無理やろうけど、家に帰るかその場にじっとしてるか、ね!解った?」
「うん、足痒いし、家帰る」
「解った、携帯じゃなくて家に電話するから!あと、電話攻撃も休戦ね」


ゆっくり立ち上がり、ジャージについた砂を払い落とし、吸殻を拾い、煙草を石段にこすり付けて少し汚してしまったことを神に謝り、トボトボと家に向かって歩いた。
いたずらに道路の真ん中を歩く。
たまに通る車がゆっくり私を避けながら通る。
あまり生きていたくはなかった。
だけど胸が痛む。
私なんて…そう思いながらも確かに胸の痛みを感じた。
ごめんなさい、歩道を歩いて帰るほど、強くはないのです。
このまま真っ直ぐ、お家に帰りますから…。



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244.群盲象を撫ず

彼の言葉が頭をめぐる。
いずれもそれは、彼と恋愛を始める前のものだった。
彼の言葉で私は変った。
なりたかった自分を手に入れる喜び。
いつかに捨てた筈の自分を取り戻す。
もう諦めていた。
何故だろう、彼の言葉に安心する。
何故だろう、彼の言葉で強くなれる。
何故だろう、彼の言葉で弱くもなれる。
何故だろう、彼の言葉が私を優しく強く包んでる。
彼に頼った。
彼の言葉を信じた。
裏切られることはない、絶対的な信頼。
目をつむると目の前に彼が居て、私をいつも支えてくれる。


目をつむる。
涙がほほを伝う。
遠くの闇に彼が居る。
遠い。
彼が私に向かって言うのだ。
好きだとか、愛してるだとか…。
そして、最後にいつも彼は言う。
さよなら…と。
信じようとした、でも直ぐ忘れる。
幸せははかなく、いつも幻のようだ。


何で…何で…。


彼を失うことはきっとない。
彼はいつでも私を支えてくれる。
だけど彼が去っていきそうで怖い。
うぅん、それでも遠くても彼は側にいる。
自信と不安…。
根拠のない両極端な絶対的な思いは何処からやってくるのだろうか。


彼はどんな人ですか?
嘘はつかない人です。
でも、隠し事は沢山あるみたい。
愛すること真剣に考えている人です。
でも、解らないままセックスしてるみたい。
素直な人なんです。
優柔不断に見える。


彼は私を裏切ったりはしない。
でも、彼女にはなれないよね。
彼とは恋愛だけじゃ…。
だけど、愛の告白を受けてる。
彼には彼の考えが…。
彼を良く見すぎなんだよ。
彼を悪く見すぎなんだよ。


彼はどんな人なんですか?


私は恋愛中の彼の事を自信を持って話すことができない。
彼がどんな想いで私に言葉を投げかけたのかよく解らない。
目に映る彼はいつも素敵だった。
私は何故、今、一人ぼっちなんだろう。
私が必要だって言ってくれたじゃん…。
私は一人部屋にこもっているけれど、あなたの為になっているのでしょうか。
私はまた、昔のように戻りつつあって、あなたを探しています。


<ねぇ、何を考えてるの?一人っきりで考えないといけないことなの?お願い、離れていかないで。ウチ、どうしたらいいのか解んないよ。前みたいに何か言ってよ。私は嫉妬しちゃいけなかった?声を聞かせて!もっと話をしてよ>
5月が終わる。
部屋の隅、毎日彼を探した。



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243.予兆

翌朝、いつもの時間に彼からメールが届く。
<おはよう。日記?!何書いたかな~覚えてなないわ…>
昨夜、親友と話をしたことでコレが私に与えられた最後の逃げ道のように思えた。
何でもなかったかのように過ぎ去って、こんな事もあったなと笑えるようなそんな未来を思い描くこともできる。
<あゆみ は 誰?>
そんな笑い話で付き合える相手だったら、今ここに私たちはいない気がする。
過去の清算なんて求めてはいない。
あなたの言葉を私は何処まで信用すればいいのですか…。
<あゆみは前の彼女です>
無機質に放たれた言葉が届く。
彼の気持ちなんて一つも伝わっては来なくて、自分が崩壊していくのを客観的に感じた。
もう…どうなってもいいや…。
<何を書いたか忘れても、あの頃どんな風に想ってたかくらいは思い出せるでしょ?直ぐに忘れちゃうような事を私に言ったの?私は今までずっと信じてきた言葉なの。あなたが愛そうとしているのは誰?>
お前だよ…そう彼が言ってくれると確信めいた願望があった。
それだけでいい、それだけでいいのだ。
笑い話になるのならそれでいい。
壊そうとしたり縋ろうとしたり、私はとりあえず今を守りたかった。
今、私は彼の何なの?
教えてくれたら騒いだりなんかしないのに…。


彼の返事はなかった。
同時にそれが、彼の答えだという事に気づく。
理解はできない。
これほどに感じる彼の愛が恋愛ではないのなら何だというのか。
理解できていたのなら、私たちが抱き合うことはなかった…。


人を愛することは、恋愛に直結しない…。


だけど私は悩む彼に何も言ってはあげられない。
例えそうだったとしても、私が彼に恋をしてしまったのだから。


体調を崩したりしていた数日間の内に、半引きこもり状態の私は殆ど家から出ないという生活になりつつあった。
これから訪れる恐怖の予兆を感じていた。
心が騒がしかった。


彼を失ってしまう…。


1週間の不穏が私の人生のように思えてならない。
彼に愛されていたことが非常だった。
人を信じた一時が奇跡。
今日、あなたに初めて出会っていたら、私は恋をしていたのだろうか。


<お仕事お疲れさま>
お願いです、もう悩まないで欲しい。
ワガママになりすぎた事に後悔する。
恋愛ではなく私には彼が必要だった。
そんな彼に恋をして、私は彼の全てを奪おうとした。
人を信じることが出来なくて一度死んだ人生を彼が生き返らせてくれた。
熱くなる心が嬉しかった。
心が痛むことさえも嬉しいと思えた。
彼だけに心揺れた。
私はまた死んでしまう…。
何も感じなくなる。
<ごめんね。しばらく連絡できません>
私を排除しないで…。



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242.空っぽの自分

パソコンを立ち上げ、自分のブログをさかのぼり読む。
同じことを二度三度繰り返し書いている自分に笑いがこみ上げたりする。
忘れてた気持ち取り戻したり、捨て去った感情を懐かしんでみたりする。
私は考え込んだ末に抜け殻になることがよくある。
今まで積み上げてきたもの、これから目指すもの、いくら心を探しても見つけ出せなくなる時がある。
そんな時、自分が書いた文章を何度も何度も読む。
そして自分を形成する。
空っぽになった心に詰め込む。


2・3日私はそれを続けた。
埋まりつつある心に物足りなさを感じる。
私はもう一度、改めて私を形にしていこう、そう思ったのだ。


検索ツールバーに「ブログ」と記入し、ブログサービスを提供しているサイトを探した。
アメーバブログ、このブログを書き始める切っ掛けとなった。
思い出されることは少なかった。
だけど、出来る限り記憶を振り絞った。
どんな出来事があったかではなく、あの頃私はどう感じていたんだろうか…と。
蘇る記憶にどんどん触れていった。
自分の心が嫌がっていることもわかる。
思い出したくないこと、知りたくはなかったこと、出来る限り触れていった。
あの頃素直に出せなかった感情を今、私は形にするのだと。


そして思い出す、彼とやっていたコミュニティーサイトの存在。
ブックマークは削除されており、もう2年以上も放置されたページが残っているかも解らない状態で、そのサイトを探した。
コミュニティーサイトのトップページで自分の名前を入れ検索してみる。
検索件数1件。
紛れもなく、あの頃の私のページだった。
足跡ページを開く。
ユーザーがログイン状態でページを訪れると、名前が表示される仕組みになっている。
最後に私のページに訪れていたのは、彼だった。
2005年02月27日、どうやら彼は最近までやっていたらしい。
私は彼のあの頃の日記を読むべくして、彼のページに飛んだ。
日記ページを開く。
最終更新は、足跡を残した日だった。
流し読みながら、スクロールしてゆく。
2月13日に2つ、12日に1つ。
たった4つの日記。
2月12日には、2年ぶりに再開したことと前のページのパスワードを忘れ新たに作り直したことが記してあった。
このページはあの頃のものではなかった。
2月12日、彼が日記を再開しようと思ったのは何故だろうか。
そして、バレンタイン前日、人を愛することに想い悩む彼がいたこと…もしかしたら私はこのページを見てはいけなかったのかもしれない。
人を愛せないままの彼に翌日愛していると告げられた私は、どうしたらいいのだろうか…。
4つの日記には、彼の4つの心があった。
彼が日記で呼ぶ「あなた」に、私は自分を当てはめる事はできない。
恋人と呼ばれる「あなた」に、私はふさわしくない。
彼と「あなた」の思い出は、私の記憶にはない。
愛したい、最後の日記に書かれた「あなた」を私だと信じたかった。
そして目につく彼のユーザーID「yujiayumi」。
私は画面を消し、手際よくパソコンをシャットダウンした。


彼に貰った言葉を呼び覚ます。
バレンタインまでずっと会えずにいた数ヶ月。
私は彼の言葉を信じたのだ。
それにもう彼は彼女とは別れたのだから。
脳裏に刻まれた彼の4つの日記と女性の名前。
私が辿った過去は別ものだったのだろうか。
2月のことだから…。
脈絡もなく、想像と現実と不確かなものと確かなものとが入り混じり通過する。


<ゆうじ、またweb日記始めたの?2月だったから始めたって言わないのかな。ウチ、見ちゃったんだよね…。誰のこと想いながら書いた日記なの?ayumiって彼女?あの頃と今、ゆうじは何を考えてるの?>
深夜、そっと彼に送ったメール。
送信してから親友に話をしたら、こっぴどく怒られた。
親友の言葉は何一つ胸には響かず、ただ真っ直ぐに真実だけに目を向けてた。
「聞いてどうなるって言うの?」
「さぁ?」
「いい方向に向くわけがないじゃん」
「そう?」
「今まで知りながらも待ったんじゃん」
「そうだったっけ?」
「じゃ、逆にそうした理由は?」
「モヤが晴れるかな…って」
「過ぎた事なの!」
「流された果てに、笑って過ごせるものがあるって?」
「話し合った果てに、笑って過ごせるものがあるとは限らない」
「愛されてないかもしれないって思いながら信じることなんてできない」
「あいつも多分普通の男だよ…。何でもかんでも話し合って解決してゆけるほど、精神力強くないんだって…。モヤが晴れるのは誰?あんたら二人、共倒れだよ…」
「そう…」
親友の言葉を否定するほど、自分の言動に意味はなかった。
ただの嫉妬、そうなのだろうと思う。
一時の衝動、そうなのだろうと思う。
今後どうなってしまうのか、私には想定できなかった。
私は何がしたかったのだろうか。
見つけ出すためだった筈なのに…。
「せのり、大丈夫だよ…そんなに焦らなくても」
「焦ってるのかな?」
「皆自分が解らない奴ばっかだよ。それでも人を好きになる」
「それだけじゃ嫌だったから…」
「あいつ…なんて返事するんだろう?」
「何か急に怖くなってきた」
「ハッキリさせるの?」
「解らない…」
「好きだけじゃだめなのかな…」
「ふふ、今はそれだけでもいいって言いたいかも」
「私はそれだけでいいと思う…二人が追い求めてるものが理解できない」
「何だったのかな…」


空っぽになった体が求めていたのは、彼への独占欲だけだったように思う。
もう何もいらない、彼さえいてくれればそれでいい。
催眠術にかかったらきっとこんな感じなんだろうな…体がふわりふわりと漂う。
誰かに操られているようで、意思のない心にイラつきながらも、目を閉じ愛されているのだと想像する未来に薄ら笑う。

愛?何それ。

そんなの別になくったっていい。

ずっと側にいてくれたらそれでいい。

その為だったら何だってする。

我慢して待ってろって?!だったら一生そういい続けてて…。

誰の声だろう…私の中から囁くように聞こえてくる。



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